2年目で留年、4年目で中退した私が、大学を再受験して学んだこと

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どうも、奨学金1500万プレイヤー阪大生のPEN(@PENwitmi)です。

 

皆さん、大学の再受験したことありますか?

まぁそんな輩はそうそういないですね。

 

今の日本は、少しずつマシになってきていると思いますが、一回でも敷かれたレールを逸れると社会的に死んでしまうような社会です。

社会的信用なんて言葉がありますが、これはいかにレールから脱線することなくただ真っ直ぐに歩いてきたかの指標みたいなものじゃないのかとさえ感じます。

 

中学を出て、高校に行き、大学に行き、就活や研究室推薦で企業に入る。一体どれだけの人が自分の意思・信念でこの道を選んでいるというのか。

別にそれが悪いとは全く思っていません。

 

レールから外れたら生活水準の保証が無い。研究者すらもレールの外扱い。

レールから外れたやつは自己責任とでも言いたげなシステムですから、多くの人は消去法的にレールに乗ることを選ぶしかないんじゃないですかね。

 

こんな日本社会で大学を再受験するだなんて、金持ちや成功者の道楽か、何かに追い詰められて最後の選択として選ぶか、よほどの信念が無いと選べない選択肢です。どう考えてもレール外の烙印を押されますから。

 

まぁそんなレール外の一人が私です。

 

私は大学で1度留年して、その後4年在籍していた大学を中退し、別の大学を再受験しました。

つまり、4年遅れでの再スタートです。

23歳の大学一回生。周回遅れも甚だしい。再受験して大学に入ったタイミングで多くの同級生が就職していましたからね。

 

今回は、レールを飛び出した暴走機関車が、線路の外に出て得ることが出来たものについて少し語ってみようと思います。

そんなブログ記事があってもいいかなって。

線路から飛び出しそうな人、もう飛び出してしまった人の参考・支えになれることが私の願いです。

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中退について一般的な話

私自身の話の前に、一般的なお話から。

 

どれくらいの人が脱線するのかというデータです。

私も調べてみて初めて知ったことばかりでした。

 

文部科学省の「学生の中途退学や休学などの状況について(H26.9.25)」によると、全国の全学生数2,635,573人中、中途退学者は79,311人で年間2.65%の人が中退するらしいです。

(参考リンク(pdf):学生の中途退学や休学などの状況について

 

思ったよりも多い。中退前に知れていたら心の支えになったでしょうね。

 

全体の中退の要因のうち20.4%が経済的理由、15.4%が転学だそうで。

ちなみに国公立大学だけ(12,840人)に絞ると、経済的理由は1,214人(11.6%)。転学は1,219人(11.6%)ですね。

考えてみれば当たり前ですが、私立大学の経済的理由による中退が多いようです。

 

こう見てみると非常に多くの人が中退しているようですね。

国公立大学ですら経済的理由で年間で1,214人も中退しているのって、どうなんでしょう日本。他の国の事情は知りませんが。

私は、この中であれば一応転学にカウントされるんでしょうか。

直接的な契機になったのは経済的理由だったんですけどね。

 

高校を卒業して第3志望の大学に入学

私は高校を出て、当時第3志望だった大学に進学しました。

 

私は保護者から高校入学した瞬間から言われてたことがありました。

「塾は無理。大学に行くなら、お金が無いから大阪府内の国公立以外は受けさせない。100%合格出来るようにセンターの結果B判定以上取ったところだけ認める」という条件。

 

大阪府内の国公立なんて、総合大学は3つしかない。

まぁそれで高3のときに志望校を決めました。

大阪大学薬学部、大阪大学理学部、大阪市立大学理学部、です。

大阪府立大学が入っていないのは、特に理由はありません。

市大の方が地元でなじみがあったというだけです。

決めたといっても、自分が本当に何をやりたいというのはあまりなく、難易度を数段階に分けてみたというだけ

 

そして、受験勉強も全くやる気にならず、趣味やバイトに力を注いでいるうちに12月の冬。

センター試験で見事に失敗して上から順にE、C、A判定だったので、大阪市立大学の理学部化学科に入学しました。

大学も学部も妥協した、ということになります。

 

塾講師と高校の部活に没頭

化学の勉強は楽しいものでした。

有機化学なんかは今でも大好きです。

暗記だと思っていたものが暗記じゃなくなっていく学問は今でも大好きですね。

物事の根本を理解するのが好きなんです。

 

でも、大学そのものにのめり込むことは出来ませんでした。サークルに入らなかったのがいけなかったのかもしれません。

 

その代わりに、アルバイトで始めた塾講師と、高校の部活の指導の方に身を乗り出して注力していました。

大学に行くことが億劫になり、そのうち不登校になり、当然のように留年しました。大学二回生のことでした。

 

化学の勉強は好きだったのにも関わらずです。大学には友達もいたんですが、どうしても行く気にならなくなってしまいました。

 

堕ち始める人生

突然の独立

市大で留年してから半年経った頃、家庭の事情で家から独立することになりました。

 

仕送りも、後ろ盾も、もうありません。

頼れるのは己の身と頭。

 

とりあえず市大と塾の間くらいの立地で一人暮らしが半ば強制的に始まります。

9月くらいに言われ、12月には出ていきました。

 

絶望のスタートだったというわけでもありません。

塾講師の収入がありましたし、元々大学の授業料は奨学金で払っていたので、苦学生が一人誕生したというだけの話です。

 

二周目の二回生では、三回生に進級できる単位は取れるだろうという見込みもありました。

留年中は奨学金が停められていますが、進級したら再開する手筈。

奨学金が再開すれば、塾で生活費さえ稼げば何とか卒業まで生きていけます。

 

真面目に学生の本分である勉学に力を入れ直し、ちゃんと進級が確定。

そうして一年遅れで三回生を迎えました。

 

奨学金廃止

三回生が始まって間もなく、奨学金廃止の通達を受けました。

 

一瞬思考が停止しました。

金も身寄りも無かった私は、奨学金を断たれてはもはや大学生の継続は不可能です。

 

…大学、辞めるかぁ

 

あまり抵抗もなく、そんな結論が頭に過ぎりました。

というか、他の選択肢が思いつかなかったのです。

 

お金が無いと卒業まで通えないのは確実ですから、続ける意味がありません。

前期の授業料については支払いが確定していたので、とりあえず三回生の前期までは市大生でいることにしました。

今後の方針が定まるまでの保留ということで後期以降の休学の申請をしました。

 

再受験が頭に過ぎる

大学に対する希望が地に堕ちた瞬間、ふと再受験という単語が頭にチラつきました。

 

やりたかった薬学の道に今から進んだらいいのでは?

 

独立してしまったので、もう大学受験の縛りなどは何もありません。

その気になれば東京にでも行くことができる身分です。

自分のやりたいようにやってみることができる、いわばカゴから出た鳥のような状態。

 

そんなことを考えて、とりあえず高校生や浪人生と一緒に模試を受けてみました。

模試は、阪大薬学部志望者内で1位という結果。

どうやら塾講師に没頭しているのが受験勉強になっていたようです。

当たり前といえば当たり前ですね。

 

再受験の壁

生活費、どうするの?
再入学後の授業料は?入学金は?
勉強するとしたら生活費は?
てか勉強する時間ある?
廃止された奨学金が復活しないと結局通えない?
受験して受かっても無駄?

 

一旦冷静に再受験について考えると、大量の疑問が自分の中に湧いてきました。

要は、お金が無くて大学中退するのに、大学受験してどうするんだって話です。

考えなしで突っ込んでも、同じことを繰り返すだけ。

 

それならもう大学生はやめてしまって、何か仕事するなりした方がいいんじゃないのか。
フリーターとして生きていく方がまだ現実的じゃないのか。

 

色々と一人で考えているうちに、大学受験そのものを諦めつつありました。

しかし決心がつかないまま、9月くらいまではどっちつかずの態度をとり続けていました。

 

周囲の言葉に背中を押してもらう

センター試験の出願が迫ってきて、いよいよ受験するかどうかを決めなくてはならない時期がやってきます。

頼れる人となると塾の上司しかいなかったので、塾の教室長や、代表取締役の方と相談しました。

 

人生の先輩たちからは、こんな意見を貰いました。

「30歳までは自分のやりたいことをやってもいい」

「自分がやると決めて前に進めば、環境はそれに合わせて変化する。無理だと思うことでも、諦めなければそのうち何とかなるものだ」

 

こんな言葉を受けるうちに、少しずつ私の思考回路も変化します。

まぁ、通えなくなったらまた中退すればいっか。
やるだけやってみればいいや。
どうせ元々背水の陣みたいなもんだ。

 

文章にしてしまうとなんだかあっさり決意したみたいですけど、半年くらい悩み続けてようやく出した結論です。

とりあえず受験することにし、センター試験や模試にも出願しました。

 

再受験

秋から冬にかけては、模試やセンター試験の対策が忙しい時期です。

私のではなく、塾の生徒たちの対策ですね。

 

自分の勉強をする時間はあまりなく、とにかく塾の対策授業に集中しました。

時折、授業の無い日曜日に、生徒に見つからないようにコソコソと模試を受けました。

(後輩に目撃されましたが、塾の資料集めだとか言って誤魔化しました)

 

気付けばセンター試験の前日。

しっかりと生徒に対策授業をし、日付が変わらないうちに生徒に「行ってらっしゃい」と声をかけて見送り、一息ついて机に着こうとしたところで先輩に声をかけられました。

私は国語講師ではないので、たまに塾に残ってセンター国語の過去問演習をしてこの先輩に見てもらっていたのです。

「お前もやろ、はよ帰れ」

エールを受け取ってそそくさと帰ったのはいい思い出ですね。

 

学科内首席合格

センター試験の結果はとても微妙で、担当であるはずの数学でケアレスミスをやらかしたりしました。

塾の数学科主任に謎の謝罪をしたのが記憶に懐かしい。

 

化学と生物は良かったんですけどね、理学部化学科の薄っぺらいプライドがありましたから。

でも、自分が得意なのは二次試験だと思い聞かせ、センターリサーチC判定の阪大薬学部薬学科に出願しました。

 

6年制薬学科には最初興味無かったんですけど、4年遅れの22歳としては資格が欲しかった。

26歳学部卒(28歳院卒)と、28歳学部卒+薬剤師国家資格保有

後者の方がマシかな、と。

 

二次試験直前も対策授業をする側として勉強をし、当日はリラックスした気持ちで受験して、合格できました。

入って少し経ってから知りましたが、学科内トップの成績でした。

 

奨学金復活

市大では学業不振で廃止になった日本学生支援機構の奨学金ですが、阪大に入ってから再度申し込みをしてみました。

 

ダメで元々、いけたらラッキーなつもりで。

とか言ってたらなんと、一種も二種も両方とも通りました。

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まぁそれだけ借金が大きくなるということなのですが、生きるか死ぬかみたいな瀬戸際だったので、つべこべ言ってられません。

でも、これで学費と生活費に関しては、何とかしています。

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学費の半額免除と全額免除

大学の授業料納入は前期と後期に分かれています。

そのそれぞれに対して毎回授業料免除申請をして、判定を受けることになります。

 

結果は片方が半額免除、片方が全額免除。つまり年間授業料の四分の一でいいということになりました。

(どちらが前期だったかは忘れてしまいました)

 

毎年、期ごとに判定するので安心できませんが、初年度の駆け出しとしてはとても嬉しかったです。

この後も今に至るまで、半免や全免をもらえています。

 

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再出発した大学は楽しい

市大ではどこかに飛んでいった学ぶ意欲が、再受験後はぐっと復活しました。

 

勉強が楽しい。

 

これほど幸せな大学生活はないでしょう。中には聴く価値を見出せない講義もありますけどね。

インプットしたいと思っていることをインプットするのは、そりゃ楽しいですよ。趣味に近い感覚になります。勉強だと思うからシンドいだけです。

 

サークルにも入った

市大のときにはサークルに入らなかったんですけど、2回生になってから軽音サークルに入りました。

 

高校は軽音楽部で音楽バカだったのが、大学に入ってから塾やら何やらで忙しいと言ってサークルを敬遠していました。

阪大に入って一年後に元生徒に偶然会い、その子の入っているサークルの話を聞いたのがキッカケです。

 

やっぱりもっと音楽をしたいと思い、年齢や二回生であることなどを全部無視してサークルに参加。

結果友人が一気に増え、さらに大学生活が楽しくなりました。

 

やっぱりやりたいことってやらないとダメですね。

ギターについても記事を書いています。

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四年の遠まわりは別に無駄ではなかった

まぁこうして再受験は見事に成功したわけです。

人に比べて、市大を経由して四年も余分に使ってしまいました

 

22歳で一回生として18歳の同級生たちと一緒に授業を受けるのは、最初はスゴい違和感でした。

ただ、受験勉強を頑張って最初から阪大に入っていた方が良かったかと言われると、そんなことはありません。

 

市大に行ったからこそ、広がった人付き合いがあります。

市大に行ったからこそ、本気で薬学をしたいを思えました。

四年の代償を払ったからこそ、この先五十年は後悔の無い人生が送れそうです。

 

遠回りには、何か意味がある

浪人、留年、中退、人生には様々な脱線や小休止があります。

停滞や無駄と考えると、虚無に感じられるかもしれません。

無価値感に襲われることもあるでしょう。

 

ただ、考え方を変えれば、そのまま真っ直ぐ進むことへの警笛を鳴らしてもらっている、と捉えることもできます。

順調で自分に合っているのであれば、真っ直ぐ進めるでしょう。

逆に、真っ直ぐ進めないのにはそれなりの理由があるのです。

 

甘えていてはいけませんが、強制的に赤信号に引っかかったなら、一度立ち止まって冷静に考えろということなのかもしれません。

 

やりたいことをやる

私は今、勿論リスク管理はした上で、とりあえず何でもやってみるというスタンスを取っています。

リスクを計算して、それが大したことないのであれば、プラスになるかどうか考えずにとりあえずやってみます。

 

無駄になるかもしれない、と考えている時間こそ無駄に感じるからですね。

リスク計算の時間はちゃんと取りますが、そこに意味があるかどうか考えてもわからないなら、軽く手を出してみようと考えています。

このブログもそんな気持ちでやっています。

奨学金を借りてる大学生は今すぐブログを始めたほうがいい
どうも、奨学金1500万プレイヤー阪大生のPEN(@PENwitmi)です。 奨学金を借りていると、人生にすごく不安を覚えることが多々あります。 「すごく貧しい人生になったらどうしよう」 「返せなくなって、自己破産した...

 

やってみて意味が無さそう、自分に向いていないな、と思えばそこで辞めればいい。

逆に、運と縁があれば、順調に物事は進むでしょう。再受験がそうであったように。

そんな考えで、書籍も出しました。

『塾講師のいろは』は塾講師の教え方を通じて「教育」を書いた本【書籍自己レビュー】
どうも、奨学金1500万プレイヤー阪大生のPEN(@PENwitmi)です。 先日出版した自分の本のレビューを、自分で書かせていただきます。 出版したときの記事はこちら。 どんな本なのかを内...

 

人と違う人生を歩むことを恐れない

何か目立つような奇抜なことをすると、奇異な目で見てくる人が必ずいます。

ただ、それが人道に反していない限り、応援してくれる人もいます。

 

私の持論ですが、人付き合いというのは何もしていなくとも、2割の人には好かれ、5割の人には興味を持たれず、3割の人には嫌われると思っています。

 

2割の人が応援してくれるのであれば、私は他の8割が何と言っていても気にしません。元々パラレルな関係なのですから。

 

8割の声を気にして、(言葉は悪いですが)没個性的な量産型人間になるくらいなら、私は8割を切り捨ててでも自分の道を生きます。

中退せずとりあえず卒業しておけ、といった一般的な意見もわかります。

でも、留年や中退という逆境を活かせるかどうかは自分次第です。

 

まとめ

こんな長文で自分の経験をつらつらと書いたのは、同じように道から外れてしまいそうな、もしくは外れてしまった人の苦しみがわかるかもしれないと思ったからです。

でも苦難って乗り越えたら成長できるんですよ絶対。

 

踏み外したと思った一歩が理由で、夢の国へのワープホールに落ちるかもしれません。

以上です、読んで頂きありがとうございました。